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投球数増加が肩・肘障害に与える影響

球数制限は必要か?
甲子園での連投が目立つと、しばしば取り上げられるこのテーマ。
最近では、済美・安楽投手がセンバツで772球を投じたことに対して、アメリカのメディアの注目が集まっているようです。

済美・安楽の772球 米国人からみた高校野球(上)
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO57904680Q3A730C1000000/

済美・安楽の772球 米国人からみた高校野球(下)
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO57905650Q3A730C1000000/


米国では「肩は消耗品」ととらえられ、場合によってはリトルリーグから球数制限がある一方で、日本には独特の高校野球文化、甲子園という舞台がある。
それに対し、米国側の価値観を押し付けることはできないという取材陣の見解や、「登板過多は危険だというのは意見ではなく、事実だ」という医師側の発言が取り上げられていました。

私が特に興味を持ったのは、後半の”登板過多は危険だと言うのは事実だ”という発言で、どのようなデータをもとにこのように考え、投球数に関する規定を設けているのかという点でした。American Sports Medicine Institute (ASMI)の提言(2009年8月)はこちら↓
http://www.leaguelineup.com/northedison/files/ASMI%20Position%20Statement%20Final%20Pitching.pdf


以下に、①興味をもとに調べた研究をまとめ、②投球数に関する質問と私なりの考えを加えます。


投球数と肩・肘障害の関係に関する研究


ここでは、ASMIの提言にも引用されている、投球数と肩・肘障害の関係に関する研究を5件紹介します。投球数と肩・肘障害の関係を直接評価した論文は、2013年8月時点でこの5件程度だと思います。



[Lyman 2001, Med Sci Sports Exerc. Longitudinal study of elbow and shoulder pain in youth baseball pitchers.]
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11689728

この研究では、8-12歳の若年投手298名を対象とした前向きコホート研究であり、対象者は2シーズンの間追跡調査されました。多変量解析の結果、1試合あたりの投球数は肘痛の危険因子とはならないが、肩痛の危険因子であることが示されました(75球以上では肩痛オッズ比2.48)。2シーズン合計の投球数増加は、肘痛とJ字状の関係を示しました(300未満を基準とすると、300-599球はオッズ比0.24-0.97、600球以上はオッズ比0.84-14.12)。一方、2シーズン合計の投球数が増加するに連れ、肩痛リスクは減少しました(300未満を基準とすると、300-599球はオッズ比0.33-0.80、600球以上はオッズ比0.05-0.68)。


[Lyman 2002, Am J Sports Med. Effect of pitch type, pitch count, and pitching mechanics on risk of elbow and shoulder pain in youth baseball pitchers.]
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12130397

この研究は、上の研究の著者らが続いて行ったもので、9-14歳の若年投手476名を対象とした前向きコホート研究であり、対象者は1シーズンの間追跡調査されました。対象者全体でみると、1試合あたりの投球数増加によって肩痛のリスクは有意に増大しましたが(100球以上では肩痛オッズ比1.77)、肘痛とは有意な関連性が認められませんでした。1シーズンあたりの投球数増加は、肩痛・肘痛どちらのリスクも増大させました(601-800球は肘痛オッズ比3.34、肩痛オッズ比2.90、800球以上は肘痛オッズ比2.61、肩痛オッズ比3.29)。

また、球種が肩・肘障害に与える影響に関して、スライダーは肘痛リスク86%増大と関連し、カーブは肩痛リスク52%増大と関連しました(それぞれのオッズ比が1.86、1.52であっったことを表す)。


[Petty 2004, Am J Sports Med. Ulnar collateral ligament reconstruction in high school baseball players: clinical results and injury risk factors.]
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15262637

この研究は、他とは少し異なります。肘関節尺側側副靱帯の再建に至った高校野球選手27名を対象とした後ろ向きコホート研究です。主要なアウトカムではありませんが、投球数との関係も調査されており、この27名の対象者において年間10ヶ月以上投球している選手が多かった(69%)と報告されました。


[Olsen 2006, Am J Sports Med. Risk factors for shoulder and elbow injuries in adolescent baseball pitchers.]
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16452269

この研究は、青年投手を対象としたケースコントロール研究であり、ケース群には肩・肘障害で手術適応となった95名の投手が含まれ、コントロール群には投球に関連する障害既往のない投手45名が含まれました。どちらの群においても平均年齢はおよそ18歳でした。障害群では、コントロール群と比較して1試合あたりの投球数、年間投球数を含む投球数が多いという結果が得られました。

[Fleisig 2011, Am J Sports Med. Risk of serious injury for young baseball pitchers: a 10-year prospective study.]
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21098816

この研究は9-14歳の若年投手481名を対象として実施された10年間の前向き研究です。
(研究グループや対象者の特性などから察するに、Lyman 2001の続編かと思います)
障害の定義を「肘関節の手術」、「肩関節の手術」、「リタイア」とし、①年間100イニング以上の投球、②13歳より早期からのカーブ投球、③3年以上のキャッチャー経験がこれらの障害の危険因子となるか検討されました。その結果、年間100イニング以上の投球数を有する投手は、3.5倍(95%CI: 1.16-10.44倍)障害を発生しやすいことが明らかになりました。



photo by JSmith Photo



Question & Answer


結局のところ、投球数と肩や肘の痛みって関係あるの?投球数は制限した方がいいの?という質問に対する、私なりの、現時点での解答です。

Q1:1試合あたりの投球数が多いと、肩や肘に痛みが出る確率は高くなるの?
A1:高くなる可能性が高いと思います。特に9-14歳の若年投手では、痛みが出る確率は高くなると言えます(Lyman 2001, Lyman 2002, Olsen 2006)。その他の年代、高校生や大学生、プロ野球選手においても同様のことが言えるかは、現時点での研究結果から結論を得ることはできません。

Q2:シーズン合計の投球数が多いと、肩や肘に痛みが出る確率は高くなるの?
A2:高くなる可能性が高いと思います(Lyman 2002, Petty 2004, Olsen 2006, Fleisig 2011)。これも1試合あたりの投球数同様、高校生や大学生、プロ野球選手にまで結果を一般化するのは難しいかもしれません。投球数が増えた方が肩・肘障害になる確率が低いという研究もありますが(Lyman 2001)、シーズン序盤で肩や肘に痛みが出てしまうと、結果的に投球数が少なくなってしまう(投球数が多い方が肩・肘障害の確率が低いことになる)など、研究の限界もあるのではないかと思います。

Q3:試合での投球数を制限したら、肩や肘の痛みは減るの?
A3:ここで引用した研究結果に基づくなら、若年投手に関しては、投球数の制限により肩や肘の痛みを減らすことができるかもしれません。ただし、試合で球数を多く投げる投手というのは、それができるように、練習でも多い球数を投げている可能性がありますので、”試合中の投球数のみを減らせば肩や肘に痛みが出る確率は減らせるのか?”と言われると、それだけでは難しいように感じます。また、「球数を制限することで肩や肘の故障が減少した」という決定的な事実は不足しています。その一方で、MLBでは投手の投球数が年々減っているのにも関わらず、2010、2011、2012年の3シーズンをみても、故障者リスト入りしている日数や、肘の手術件数が減ることはなく、変わっていないか、むしろ増えているという現状があります。(Do Innings Limits, Pitch Counts Actually Prevent Serious Injuries in MLB? http://bleacherreport.com/articles/1622573-do-innings-limits-pitch-counts-actually-prevent-serious-injuries)投球数が障害リスクを高める可能性は十分にありますが、その制限だけで故障者を減らすことは難しいのかもしれません。


Key message


投球によって生じる肩・肘障害は、他のスポーツ障害と同様に、1つの危険因子によってではなく、複数の危険因子が重なることでその発症に至るものと考えられます。投球数増加は肩・肘障害の危険性を増大させうるものですが、複数ある危険因子の1つとして、捉えるべきです。従って、単に試合での投球数を制限することだけでは、肩・肘障害を減らすことは難しいのではないでしょうか。

どの質問に対して解答を得るにも、現時点では情報が不十分ですし、そもそも答えは1つではないと思います。もちろん答えを得ることは大切なことですが、それ以上に、野球選手の故障が減るにはどうしたらよいか?球数を制限すればよいのか?どうして?なぜ?と問い続けることのほうが大切なのではないでしょうか。そうすることで、単純に試合での投球数を制限することよりも、もっと大切なことがあることに気づくかもしれませんし、あるいは、球数を制限することが実際にはベストな方法ということになるのかもしれません。


球数制限は必要か。

皆さんなら、どう考えますか?




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